ワナビー松本の自己紹介

皆さん、はじめまして。

ワナビー松本です

現在の私は30代後半であり、主に心理カウンセラーとして活動しております。

ちなみに私は昔から胃が非常に弱く、幼少期から20代までと30代以降は常に胃の状態に振り回された生活を送ってきました。

そして胃に機能障害を患う機能性ディスペプシアまで発症したことで、軽度ではありますがうつ病や不安障害まで併発しています。

そこで、こちらのブログをご覧いただいている皆さんに私がこのブログを運営している理由を知っていただければと、私の現在までに至る身体の状態を自己紹介も兼ねて紹介させていただければと思います。

 

 

幼少時代から高校時代まで

 

生まれた時は3300グラムもあり、比較的普通のサイズでした。

物心つくまでの記憶はまったく記憶がありませんが、流石にこの頃は気にせず何でも食べていたようです。

自分の胃が他の人より劣っているのではないかと思ったのは小学生になってからですかね。

給食が始まり、おかわりしている生徒も多い中で私は全部残さず食べるのが結構厳しかった記憶があります。

しかも給食って今でも謎ですけど、付け合わせの飲み物がなぜか牛乳でしたから…

食事と牛乳の組み合わせが胃に厳しくて、牛乳はほとんど残してたことが多かったです。

この頃から痩せ型で体も周りのクラスメートよりもかなり小さい方だったので、風邪を引いて熱が出ることも多々ありました。

そして修学旅行に行く時は、2年連続で熱が出て食欲がまったく無かった記憶しかありません。

中学生になり運動部に入っても、食事量は相変わらず1人前を食べるのが厳しい状態でした。

ですが、ここで胃の転機が訪れます。

それは中学3年頃になると成長期に入り、一気に身長が伸びたことです。

それが功を奏したのか胃も少しずつ成長したようで、高校では定食の1人前ぐらいまでならギリギリ食べられるようになっていました。

今では考えられませんが、午前の授業中にはお腹が鳴ることも多くて昼を迎える前に弁当を食べていたなんてことも珍しくありません。

修学旅行にも胃の状態を気にすることなく行っていたので、今考えると高校生の時だけは人並みの健康的な生活を送れたと思っています。

 

ところが、ここで奈落の底に落とされます

 

大学に行く予定だったので高校3年の時には受験勉強を一応してはいましたが、結果的に全ての大学受験に落ちてしまったのです。

とにかく昔から学校の勉強が嫌いだったために私自身は大学に行くことを拒否していましたが、母親がどうしても大学は出てほしいという願いから当時大学を蹴ってまでやりたいことが無かった私は自分の意見を押し通すことは出来ませんでした。

そんな経緯もあって大学を落ちた時の母親のショックが大きかったことから、事の重大さを改めて感じた私にとって受験の失敗は「次は絶対受からなければならない!」といった強烈なプレッシャーとしてのしかかりました。

浪人して改めて受験をすると決意したので現役の時よりは真面目に勉強していましたが、やはり学校の勉強が嫌いなのに無理して能力以上のことをしようとした結果、突然襲った強烈な吐き気が引き金となって慢性胃炎になってしまいました。

胃カメラ飲んでも多少胃が荒れているぐらいで他に悪い箇所は見当たらなかったのですが、ずっと吐き気が続いていたのです。

そのような理由から、浪人中の1年間は食事がまともに取れなかった記憶しかありません。

恐らくですが、これが1回目の機能性ディスペプシアだったのでしょう。

当時はそんな病名が無かっただけで、症状は現在の機能性ディスペプシアとまったく同じでしたから。

そんな状態でも私なりに必死で勉強したおかげで、無事に自分のレベルに合った志望校には合格することができました。

今考えてみると、将来やりたいことがなかっただけに結果的に大学行って良かったと思ってます。

結果的に身体を壊してしまいましたが、そう言った意味では親に感謝しないといけないのかもしれません。

 

大学時代から20代まで

 

大学に入学してからしばらく不調は続いていましたが、1年半ほどで改善されたのです。

受験のプレッシャーから解放されて苦痛だった環境が一気に良い方へ変わったのが大きかったのでしょう。

そこからは調子に乗って不摂生な生活の始まりです。

この頃はほとんど毎日朝まで遊び歩く毎日だったので、夜中に牛丼やらラーメンやら食べることが多かったのですが、普通に一人前を食べられていたので胃の状態もかなり回復してきていたのでしょう。

とりあえずはストレスから解放されたこともあって充実した毎日を送っていたので、大学生の頃は高校生の時と同様に胃のことを気にせず生活していたと思います。

大学を卒業して、就きたい職も無かった私は「ものづくり」だけが唯一仕事として興味があったこともあり、エンジニア系の会社へ専門職として就職しました。

この頃から既に終身雇用で安定したいという気持ちが無かった私は、契約社員として3年限定で働くことに決めました。

大手の会社へ派遣されていたのでエリート揃いの周りの環境についていくことが難しくて仕事に対するストレスは大きかったのですが、昔から無理せず人と仲良くなることが得意な方だったので人間関係はほとんど苦労しませんでした。

この頃も週末は徹夜で遊んだりしていたことから体内リズムが狂っており、食事の内容や時間もさほど気にせず食べていたことが多かったです。

そして3年で退職した後は、一旦親を安心させたいといった思いから初めて正社員として工場の総合職に就職しました。

正直なところは希望していた仕事では無かったですが、そもそも前職で「ものづくり」に対する熱も冷めていて就きたい業種が無かったので、とりあえず正社員で今までのスキルを活かせる職場であれば何でも良かったのです。

当時の私は要領が良い方では無かったため、総合職のようなマルチタスクをこなす仕事は何をどういう順番で進めていけば良いか分からず、前職よりも仕事に対するストレスは大きかったという記憶があります。

ですが、ある程度期間が経って仕事の要領を掴み始めたことや、周りの人たちが私を認めてくれるようになったことで、仕事も楽しくなってきて順調な毎日を送っていました。

このように精神的にも安定していたからなのか、肝心の胃の方もマクドナルドのようなファーストフードや豚カツのような揚げ物の定食を夜ご飯としてよく食べていたので大きな問題はなかった記憶があります。

この時に少し気になった事は、会社に出てくる弁当を周りがペロっと完食している人が多かったため、常に完食できない私はそれを見て「自分ってやっぱり小食の部類だったんだったな」と感じる程度でした。

このように振り返ってみると、20代が人生の中で胃の事に対してはそこまで悩まされることが無かったことから唯一の私の胃の黄金時代でした。

 

30代から現在まで

 

その後、新しく立ち上げた部署に異動になってからは非常に忙しくなり、月100時間ほどの残業が当たり前になっていました。

家に帰ってきたら夜中の2時とか普通でしたし、朝5時ぐらいに帰ってきていたことも…

もうあまりの眠さに耐えきれず、仕事中に会社の休憩室で寝てしまっていたことも日常茶飯事でした。

そして、この頃から不規則な生活や寝不足が目立ち始め、夜ご飯は会社で出前を取ったピザやハンバーガー、そして揚げ物が増えてきたことによる栄養不足や胃への負担も大きくなっていきました。

それと同時に身体に負担の大きい仕事を毎日している影響か、今後の人生についてじっくり考えるようになったのです。

 

「自分は本当にこの仕事がしたくてこの会社に入ったのか?」

「この会社にこれ以上いて自分のためになるのか?」

 

そこで出た答えは「いや、違うはず!」でした。

 

そして、初めて自分の中で会社員として一度は本気で進みたい道に行ってみようと思い、アルバイト時代から楽しかった記憶のある接客ができるサービス業関係の仕事に正社員として転職することになったのです。

私が望んでいた現場で接客をさせてもらえたので、充実した毎日を送っていました。

 

しかし、ここでとうとう私の人生最大クラスのXデーがやってきました。

 

その日は前日から旅行に行っており、その帰りの電車に乗っている時のことです。

突然10年前と同様の強烈な吐き気が襲ってきて、あまりの耐えきれない苦しさに途中下車して結局その日は丸一日電車に乗れない状態になりました。

翌日も吐き気が激しかったことから電車の揺れには耐えられなかったため、急遽レンタカーを借りて休憩しながら何とか家に帰ってくるといったレベルの状態でした。

あまりにも吐き気が続いたため、消化器内科で看てもらったところ胃腸炎ということでしたが、1ヶ月近く経っても症状が良くならず仕事中も吐き気で仕事にならないことから、他の消化器内科でも看てもらうことにしました。

もう10件ぐらい病院で看てもらい、胃カメラ、小腸カメラ、大腸カメラなど消化器のありとあらゆる消化器を検査してもらった結果、一つの病院の先生が結果を言い渡しました。

 

機能性ディスペプシア

 

その時に初めて私はこの病名を耳にしたのです。

当時は私の中で謎だらけの病気でしたが、医師の話だと病名が分かって特効薬もあるとの事だったのですぐに治るだろうと安心していました。

しかしながら、2ヶ月を越えても症状が多少軽くなった程度でほとんど改善していなかったので、この時に1回目の機能性ディスペプシアのことを思い出しました。

今回も前回同様に1年ぐらい経ったら治ることを希望に何とか仕事とプライベートを両立させてきましたが、結局発症から5年近くまでは症状の大きく改善せずにどちらも満足にこなすことができない状態になっていたのです。

そして、この約5年の間に肉体的な疲れに加えて一生治らないのではないかという絶望感によって、うつ病を併発しました。

更には強烈な吐き気によるトラウマから電車やバスといった公共交通機関に乗ると恐怖で動悸や震えが起きるといったパニック障害のような症状まで出るようになったのです。

このような病気を発症したことにより、ご飯も外出先で食べることが恐怖になって会食恐怖症のような状態になったり、常に強迫概念に襲われているといった強迫性障害のような状態になったりもしました。

しかも元々嘔吐恐怖症に近いものを持っていたために、慣れるまでは吐く行為も辛かったのです。

そのような理由から心身共に限界が来てしまい、結果的に会社を辞めることになりました。

ただ、会社を辞める前から頭の中に今後の仕事に対する決意は固まっていたのです。

 

「これからは自分と同じような病気によって苦しんでいる患者さんの力になれる仕事を始めよう」

 

やはり私自身が機能性ディスペプシアのような心身症をはじめとして、うつ病や不安障害といった心の病も長い間苦しめられてきたことから、同じ悩みや苦しみを抱えている患者さんの力になりたいと強く感じるようになったのです。

会社員を辞めたことも功を奏したのか、現在は機能性ディスペプシアが寛解に近い状態まで改善してきており、うつ病やパニック障害に関してもある程度は収まってきているので、現在は心理カウンセラーやSNSによる発信の活動を開始しました。

患者さんから私の言葉が少しでも役に立っていると言っていただけることがあるので、心理カウンセラーやSNSによる活動は非常にやり甲斐を感じております。

 

機能性ディスペプシアについて

日本語で機能性胃腸症というように、この病気は発症すると個人によって症状に多少の違いがありますが、「胃の機能が正常に働かなくなり、普通の人であれば当たり前に食べ物を消化できるスピードが極端に遅くなり常に胃もたれを感じている状態」になります。

この影響で、食事の量をかなり抑えて生活する必要があります。

そうしなければ仕事もプライベートもまともに動けません。

また、コーヒーやカレー等の刺激物、カツやフライのような揚げ物もほとんど受け付けなくなり、これらを食べると高確率で吐き気が引き起こされますので、食事やお菓子もかなり量の制限がかかってきます。

原因はストレスや食事の不摂生、不規則な生活などが原因で自立神経が狂ってしまうことで発症すると言われており、今までの人生を振り返ってみると元々胃が弱い私にとっては多少納得させられました。

今までの負の遺産がどんどん胃に蓄積されてきて、それが爆発したのだと思われます。

直接命に関わる病気ではないですが、食欲だけあっても食事やお菓子を常に制限された状態にかかっているのは非常にツラく、体重も見る見る痩せていきます。

そして特効薬も効かない現状であること、この先も治る見込みもない可能性が高いことが未来に対する恐怖を感じている患者さんは多いはずです。

以下の記事に医師も把握していないような機能性ディスペプシアに関する内容を詳しく記載しておりますので、興味のある人はご覧になってください。

参考記事
【機能性ディスペプシアとは?】日常生活の質が著しく下がる胃の難病です

機能性ディスペプシアという病気をご存じですか? 別名が機能性胃腸障害(英名:Functional Dyspepsia)とも呼ばれており、胃の ...

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このブログを書いている理由

 

機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群といった心身症、そしてうつ病や不安障害のような心の病というのは名前を知っている人がいても実際に患者さんが苦しんでいる状況は健常者の方々はもちろんのこと、医師の方々にも具体的には理解されていないのが現状だと感じております。

だからこそ、こちらのブログによって「心身症や心の病による実際の症状や苦しみはどのようなものなのか?」といったことを私や患者さんの実体験を通して世間に発信していくことを一つの目的としております。

また、患者さんの苦しみを可能な限り緩和していただきたいという思いから私の経験から効果を実感した方法を提供することで患者さんのQOLが向上して辛かった日常生活に少しでも光りが差し込めれられるようにすることも大きな目的です。

YouTubeTwitterでも同じような内容を別の形で配信しているので、こちらも併せてご覧いただければと思います。

たくさんの皆さんにブログやSNSをご覧いただくことで私の配信内容が世間に認知され、いつか医療関係者の目に留まってこれらの病気に対する制度が良い方向へ変わることを目標としてこれからも発信し続けていくつもりです。

 

これからもご協力のほど宜しくお願いいたします。

 

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